ドイツ相続法情報室

お問い合わせ

相続実務編

遺産裁判所とは


文章のなかに「遺産裁判所」という言葉がしばしば登場しますが、「遺産裁判所」という看板を掲げた建物がドイツの街中に存在するわけではありません。ドイツ民法では、相続に関する手続で裁判所が何らかの役割を果たす場合に「遺産裁判所」(Nachlassgericht)という言葉をあてています。つまり、この言葉は裁判所の機能(役割)を示しています。

遺産裁判所の役割は、遺言書の開封、相続証明書の発行、遺言執行者の解任、遺産執行者証明書の発行、相続放棄とその取消の申述受理、遺産の保護(遺産保護人の任命)などかなり広い範囲に及びます。相続をめぐる争いがない案件でも、裁判所が相続に伴う権利関係を相続証明書にまとめることになっています。相続は複雑な権利関係を生み出しますが、ドイツ民法は裁判所が関与することによって権利関係を明確にすることを目指しています。そこで中心的な役割を果たしているのが遺産裁判所です。

実際に遺産裁判所の実務を担っているのは、区裁判所(Amtsgericht)です。区裁判所は日本の簡易裁判所にほぼ対応します。被相続人の死亡時の常居所地(gewöhnliche Aufenthalt)の区裁判所が原則として管轄裁判所になります(FamFG 343 条)。ドイツ国内に死亡時の常居所地がない場合は、被相続人のドイツ国内の最後の住所地の区裁判所が管轄裁判所になります。そのどちらもない場合はベルリンのシェーネベルク区裁判所が管轄します。

裁判官だけでなく司法補助官(Rechtspfleger)も遺産裁判所の実務のかなりの部分を担っています。司法補助官が担う職務の範囲については司法補助官法(Rechtspflegergesetz)で定められていますが、例えば相続証明書の発行も法定相続の事案は私法補助官が担います。

[コラム] 相続法を専門領域として登録するための高いハードル

2024 年 1 月現在、ドイツでは約 16 万 5000 人の弁護士が登録されています。16 万 5000 人のうち女性が約 6 万 1500 人を占めています(約 37%)。

ドイツでは、自分の専門領域を公示することが許されていますが、相続法を専門領域としている弁護士は 2024 年 1 月現在、約 2,300 人います。専門領域の分野別で見ると、最も多いのは労働法を専門とする弁護士で約 1 万 1000 人、これに次ぐのが家族法を専門とする弁護士約 8,700 人です。これに税法を専門とする弁護士約 4,700 人、交通法を専門とする弁護士約 4,400 人、刑事法を専門とする弁護士約 4,000 人、賃貸借法を専門とする弁護士約 3,900 人、建築法を専門とする弁護士約 3,200 人が続きます。相続法を専門とする弁護士の数は上から数えて 8 番目です1。ちなみに、合計 5 万 8200 人が専門領域を公示しています。最大 3 領域まで公示できますが、約 9,800 人が 2 つの領域、約 1,200 人が 3 つの領域を公示しています。

専門領域を公示するためには、最低 3 年以上の弁護士経験のほか、当該専門領域における高度な知識の証明と特別な実務経験を積んでいることの証明が必要とされます。条件を満たしているか否かは専門委員会で審査されます。つまり、勝手に「専門弁護士」を名乗ることはできません。専門知識を備えていることの証明のため、通常は特別の研修に参加したうえで、そこでの試験に複数回合格するという実績を積みます。後者の実務経験については事案の内容や数などが細かく審査されます。専門領域ごとに必要となる事案数も決められています。かなり厳しい条件ですが、苦労して登録を果たした後も、毎年、一定時間以上の研修を受け続けなければ専門領域を公示し続けることができません。

ちなみに、相続法を専門領域として公示するために必要となる実務経験については、3 年間に最低 80 件です。これだけの数の相続事案に「個人的かつ上司などの指示を受けることなく」たずさわるのは大変ですが、そのうち最低 20 件は訴訟手続でなければならないとされています。さらに、相続の実体的権利、国際相続法、遺言、遺言執行、相続税、訴訟手続という 5 つの領域について最低でも 1 件の実務経験があり、3 つの領域では 5 件以上の経験を経たことも必要です。こうした要件は、連邦弁護士会が定める「専門弁護士規則」(Fachanwaltsordnung)に定められています。実務で相続法を専門としていなければ満たせない条件といえます。

ドイツで専門領域を公示している弁護士は、相当なエクスパートであることが制度的に保証されているといえます。

脚注

  1. ドイツ弁護士会(Bundesrechtsanwaltkammer) 『2024 年 1 月 1 日時点の専門弁護士』Fachanwälte zum 01.01.2024