ドイツ相続法情報室

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遺産分割

ドイツの裁判所は遺産の分割方法を決めない


遺産分割によって合有が解消される

遺産の分割(Erbauseinandersetzung)は、共同相続人の合有になっている遺産を清算して、個々の財産を共同相続人の各人の通常の財産にすることを意味します。遺産分割によって共同相続人による合有は終わり、遺産の共同体が消滅します。

遺産の分割については相続人間で協議することになりますが、分割の際の基準となるのは各相続人の相続割合です。遺産の分割では被相続人が遺言で示した意思もある程度反映されます。この点は少し複雑なので、後ほどまとめて説明します。

民法は遺産分割の方法について次のルールを定めていますが、協議の方法などについての定めはありません。

・相続債務を弁済した後でなければ遺産を分割することはできない(2046 条)

・できる限り現物分割を優先する(2042 条 2 項→752 条)

・法定相続の場合は被相続人の直系卑属の相互間で生前受益と寄与分の調整(清算)をおこなわなければならない

ドイツの裁判所は分割方法を決めない

共同相続人はいつでも遺産の分割を求めることができます(2042 条)。しかし、分割の協議が整わないことはドイツでも多々あります。分割方法について相続人間で合意できない場合、日本では家庭裁判所による調停と審判という制度があります。しかし、ドイツの裁判所は遺産分割の協議には付き合ってくれませんし、裁判官が分割方法を決めることはありません。公証人による仲裁という制度が存在します(FamFG 366 条以下)が、公証人には分割方法を決める権限がありません。実務上もこの制度はあまり利用されていません。

ドイツでは、どうにも協議が成立しない場合、他の相続人を被告として遺産分割訴訟を提起することになります。この訴訟は、原告が提示する「遺産分割計画」(Auseinandersetzungsplan)について被告(他の共同相続人)の同意を求める、という訴訟です。しかし、裁判所は原告が作成した計画が法律にのっとったものであるか否かだけを審理し、裁判官が分割方法について形成的に関与(gestaltender Eingriff)することはできないとされています。原告が作成した遺産分割計画が法律のルールに反していれば請求は棄却されます。

この遺産分割訴訟は請求棄却になるリスクが高い(例えば、生前受益や寄与分の清算に間違いがあれば遺産分割計画は違法とされる)うえに、時間と費用がかかります。遺産の総額が50005000€以上の場合、つまり大部分の相続事案では地方裁判所が管轄裁判所となるため、弁護士に委任することが必要です。不動産は訴訟の後で競売に付さなければならないのでその費用もかさみます。いろいろな理由で、遺産分割請求訴訟は使いづらく、遺産分割請求訴訟の提起は「最後の手段」とされています。このため、実務上は相続分の買い取りや相続からの脱退(Abschichtung)をめざした交渉が優先されているようです。

生前受益と寄与分の調整(清算)

ドイツ民法における生前受益と寄与分の調整(清算)の方法は日本の民法とよく似ています。ただし、調整は法定相続の場合に限定されています。被相続人が相続人と相続割合を指定した場合は、生前受益と寄与分について考慮に入れたはずである、とされているためです。さらに、調整がおこなわれるのは被相続人の直系卑属間だけです。このため、配偶者や直系卑属以外の親族は生前受益と寄与分の調整とは無関係です。この点が日本の民法とは大きく違っています。

なお、法定相続人であった子が相続開始前に死亡し、その子(被相続人の孫)が代襲相続人として代わりに相続する場合でも、代襲相続人は調整義務を負います(2051 条 1 項)。反対に、被相続人が贈与などをおこなった当時は推定相続人でなかった者がその後に代襲相続人になったケースでは調整の対象にはなりません。例えば、被相続人が孫に贈与したが、当時はその子の親、つまり被相続人の子が生存していたケースです。この場合は、被相続人は生前受益になることを認識していなかったはずだからです(2058 条)。ただし、被相続人が調整を命じた場合は調整義務の対象になります。

被相続人が遺言などで相続人を指定した場合は調整の対象にはなりません。ただし、その場合であっても、被相続人が定めた相続割合が法定相続と同じ場合、あるいは、直系卑属の相互間の相続割合の比率が法定相続の場合と同じである場合は、被相続人が生前受益と寄与分の調整を意図していたと法律上推定されます(2052 条)。遺言者は平等を意図していた、そうであれば調整規定の適用はその意図に適う、という考えによります。

ドイツでは、遺言で相続人と相続割合を指定することが多いので、生前受益と寄与分の調整がおこなわれるケースはさほど多くありません。ただし、生前受益と寄与分の調整は遺留分額を算定する際でもおこなわれます。後ほど遺留分のところで説明しますが、生前受益と寄与分の調整はむしろ遺留分請求で真価を発揮すると言えます。

生前受益の調整

「調整」はドイツ語のアウスグライヒ(Ausgleich)の訳語ですが、清算する、均すという意味の言葉です。「調整」と訳されることが多いのですが、「清算」という訳語のほうが意味に適っているように思います。

民法で調整の対象とされる生前受益は以下のものです(2050 条)。

  • 被相続人から受け取った生計の資本

 アウスシュタッツング(Ausstattung)は直訳すると、「備えるためのもの」という意味です。民法は、結婚や事業の設立や維持を契機としておこなわれる出捐を例として挙げています(1624 条 1 項)。日本民法(903 条)の「生計の資本としての贈与」に概ね対応します。

  • 貯蓄を意図した援助

原文に忠実に訳すと、「余剰に資する援助」(Zuschüsse, die als Einkünfte dienen)ですが、「貯蓄」と意訳しました。ただし、調整義務の対象となるのは、被相続人の資産状況に照らし相当な範囲を超えているものに限られます。

  • 職業に備える教育のための支出

専門教育のための費用の支出を指しています。ただし、被相続人の資産状況に照らし相当な範囲を超えているものに限られます。

このほか、被相続人が出捐の際に調整を義務付けた場合も調整義務の対象となります。

なお、受益額の算定の基準となるのは受益を受けた時点です(2055 条 2 項)。

生前受益の調整の仕方について事例(Brox/Walker S.336)で説明しましょう。調整が直系卑属間に限定されている点で日本の民法とは違いますが、そのほかの点ではよく似ています。

被相続人 E には妻 F と 3 人の子 A ・ B ・ C がいます。遺産の総額は100,000100,000€です。E と F は婚姻生活中の剰余分を共有する剰余共有制によっていまた。子 A は結婚の際、E から50,00050,000€の贈与を受けました。子 B も職業学校に通う資金として20,00020,000€の援助を受けました。2 人は E から援助を受け取る際、被相続人から「遺産相続の際にはその分を調整してください」と言われました。

この事例の法定相続割合は以下のようになります。妻の法定相続割合の加算は剰余共有制であったことを理由とするものです。その分、子らの相続割合が減ります。

  妻 F:1/4+1/4=1/21/4+1/4=1/2

  子 A ・ B ・ C:1/2×1/3=1/61/2 \times 1/3=1/6

次に、算定の基礎となる財産額を算定します。遺産総額から妻 F の取得額である 50,000€を差し引き、これに調整の対象となる生前受益をたした(持ち戻した)ものになります。以下の計算式のようになります。

 算定の基礎となる財産額:(100,00050,000)+50,000+20,000(100,000€-50,000€)+50,000€+20,000€=120,000120,000€

それぞれの子の算定上の取得額はその1/31/3なので、40,00040,000€となります。

A は40,00040,000€を算定上の取得額を上回る生前贈与を受けています。しかし、超過分を実際に返す(持戻す)ことまでは要求されません(2056 条)。このため A の取得額は00€です。

他の相続人の取得額の算定においては、A の相続分を無視、つまり A がいないものとして計算します。このため、A を除いたうえで B と C の算定上の基礎となる財産額と各相続人の取得額を計算し直します。算定の基礎となる財産は70,000(=(100,00050,000)+20,000)70,000€(=(100,000€-50,000€)+20,000€)になるので、B と C の算定上の取得額はそれぞれ35,00035,000€です。

B の取得額はここから B の生前受益分20,00020,000€を差し引いた15,00015,000€になります。

C の取得額は先ほどの算定上の取得額である35,00035,000€です。

以上が算定の流れです。算定方法には目新しい点はありません。

寄与分の調整

調整の対象となる寄与分は、「長期にわたり家政、職業若しくは事業における共働すること、多額の金銭の給付又はその他の方法により、被相続人の財産の維持又は増加に特に寄与する」こと、と定義されています(2057a 条 1 項)。共働(Mitarbeit)と現金給付が調整の対象とされていますが、これに類する「その他の方法」による寄与も同様に扱われます。さらに、「被相続人を長期にわたり介護すること」も調整の対象とされています。民法はこうした寄与を「特別な給付」(besondere Leistung)と呼んでいます。

先ほど説明したように、調整の対象となるのは直系卑属の相続人がおこなったものだけです。さらに、給付について「適切な対価」を受け取った場合は調整の対象にはならない、と規定されています(2057a 条 2 項)。例えば、家業を手伝っていたが、貢献に見合った対価の支払いが約束されていた場合は寄与分として調整の対象とはなりません。実際に対価の支払いがなされていなかった場合は、相続債権として扱うことになります。

寄与分の調整を行う場合、遺産の分割では以下の方法で寄与分を分割に反映させます(2057a 条 4 項)。算定方法に目新しい点はありません。

  • 遺産から直系卑属以外の相続人の取得部分を除く

  • 残りから寄与分の部分を除く

  • 最後に残った部分を相続人(直系卑属)の各人が相続割合に応じて取得する。ただし、寄与分が認められた直系卑属は、これに寄与分を足し合わせたものを取得する

遺産の分割と遺言者の意思

遺言では相続人と相続割合が定められますが、個々の財産の承継者を決めることはできません。遺産をどう分割するかは基本的に共同相続人間の合意に委ねられています。ただし、被相続人が遺言を通じて個々の遺産の行方に影響を及ぼすことはある程度可能になっています。被相続人が遺産の分割方法にどこまで影響を及ぼせるのかを見て行きましょう。

被相続人は遺言で遺産の分割方法を指定する(Teilungsanordnung)ことができる、とされています(2048 条)。ただし、遺産分割方法の指定によって相続人が個別の財産を取得する(所有者になる)ことはない、つまり物権的な効力はないと解釈されています。このため、被相続人による分割方法の指定にかかわらず、遺産は共同相続人の全員に承継されます。共同相続人は、指定された分割方法に従って所有権を移転する義務を負いますが、共同相続人の全員が合意すれば、遺言による指定とは異なる方法で分割することは可能です。

また、たとえ被相続人が遺産分割方法を指定した場合であっても、その分割方法が共同相続人各人の相続割合に見合っていなければ調整(清算)をおこなう必要が生じます。遺産分割方法の指定によって各自の相続割合は変更されない、と解釈されているためです。ただし、遺言で清算を免除することは可能です。

被相続人がある財産を相続人の一人に確実に取得させたい場合、先遺贈という方法を用いることができます。日本と違って、ドイツ民法では遺贈を相続財産(相続人)全体に課された債務(負担)として位置づけているので、遺贈の対象となる財産が遺言で受贈者に移転することはありません。ただし、相続人は遺産分割方法を協議する前に、当該財産を受贈者に承継させる義務を負います。そのうえで、残りの遺産について遺産分割について協議をおこなうことになりますが、その際には遺贈分は考慮されません。つまり、相続人のうちの一人に遺贈をおこなえば、その相続人はその財産を遺贈として受け取ったうえで、他の相続人との間で残りの財産について分割方法を協議することができます。ただし、先遺贈が法定相続人の遺留分を侵害する場合は、先遺贈を受けた相続人にも遺留分の支払義務が生じます。

被相続人は遺言で遺言執行者を任命することができます。遺言執行者のところで説明したように、遺言執行者が任命されると相続人は遺産の管理・処分の権限を失います。それだけでなく、遺言執行者には遺産の分割方法を定める権限も与えられています(2204 条)。遺言で明確にしておけば遺言執行者の裁量で分割計画を作成することもできます。このため、被相続人は自分の意を汲んでくれるであろう遺言執行者を通じて、遺産の分割方法に影響を及ぼすことができます。

このように、遺産の分割方法に遺言者の意思を反映させる方法はいくつか存在しますが、遺言によって特定の財産の所有権を特定の者に確定的に取得させることはできないようになっています。その点がなんとも微妙です。ここでは、「遺産の行方は被相続人が遺言で決めることができる」というドグマと「遺産は共同相続人の共同体に帰属する=遺産の帰趨については共同相続人の協議で決する」というドグマとぶつかり合っています。このドグマの対立が微妙な規定をいくつも生んでいると言えるでしょう。1

脚注

  1. 遺産分割における遺言執行と被相続人の意思について:小川恵『ドイツ相続法における遺産分割と遺言執行者 - 遺言執行者による被相続人の意思と相続人の意思との調整』 同志社法学 71 巻3号