ドイツ相続法情報室

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相続人は遺言で指定する


遺言で定められること/定められないこと

被相続人が遺言で定めることができる事項は、民法などの法律に掲げられています。とても多くの事項があがっていますが、法律で掲げられている事項を外れることはできません。

遺言で定められる事項のなかで、最も重要な意味を持っているのは、相続人の指定です。遺言者は、誰が相続人になるのか、誰がならないのかを定めることができます。それぞれの相続人の相続割合についても被相続人が遺言で定められます。

さらに、遺贈や負担、未成年者である相続人の財産の管理などについても遺言で定められます。相続人から遺留分をはく奪することを遺言に書くこともできますが、被相続人やその近親者に対する犯罪行為や悪意の遺棄など、相続人が重大な非行を働いた場合に限られます。

ほかにも、法律には遺言で定めることができる事項としてさまざまなものが掲げられていますが、それを列挙してもあまり意味はないので割愛します。ただし、日本の相続法になじんている者にとって非常に驚かされることがあります。それは、ドイツの相続法では遺言で個別の財産を特定の者に承継させることはできないという点です。遺言によってどの財産を誰に承継させるのかを定めることはできないのです。誰が相続人になるのか、共同相続で誰がどの割合を持つのかを決めることはできますが、個別の財産を物権的な効力をもって、つまり財産を誰の所有にするのかを遺言で決めてしまうことはできません。遺言で遺産の分割方法を定めることはできるのですが、その定めにも物権的な効力はない、とされています。このため、相続人の全員が合意すれば遺言の定めは反故にされてしまいます。日本の法律家の大半は、個別の財産を誰かに承継させるために遺言をおこなうと理解しているので、その常識からするとドイツの相続法はとても不思議に感じられるのではないと思います。

ドイツでも、遺言で遺贈をおこなうことは可能です。遺贈の場合は個別の財産について定めることができますが、それによって受贈者がその財産の所有権を取得することはありません。受贈者が得るのは相続人に対する請求権(債権)にとどまります。その財産を自分によこせ、という請求をおこなう権利です。遺贈は相続人にそうした債務(義務)を負わせるものとして理解されています。

このように、ドイツの相続法では遺言によって包括的な承継者(とその割合)を定めることしかできません。遺産は共同相続人の全員が(合有的に)承継するというドグマが貫徹されているのです。相続人がともに承継した相続財産をどう分割するのかは、たとえ遺言がなされた場合でも基本的に相続人の協議に委ねられています(ただし、被相続人の意向をまったく反映させられないわけではありません。その点は後ほど説明します)。

遺言による相続人と相続割合の指定

ドイツ民法では、被相続人から相続人として指定された者が「相続人」(Erbe)となります(1937 条)。相続開始時にはまだ出生していなくても、すでに懐胎していれば相続人になれます(1923 条 2 項)。ただし、その子が生きて出生しなければなりません。相続人として指定できるのは自然人に限られません。法人を相続人に指定することも可能です。

相続人に指定された者が相続開始時にすでに死亡していた場合に備えて、予備相続人(Ersatzerbe)を指定することもできます(2096 条)。

相続人の指定に期限や条件を付すことも可能です。例えば、「2030 年末までの間に限り A を相続人とする」、「司法試験に合格したら B を相続人とする」という定め方です。

また、最初の相続人(Vorerbe)が承継した遺産について、その相続人の死亡後に承継する相続人、つまり後継相続人(Nacherbe)を定めることもできます。ただし、後継相続人による相続は、被相続人の相続開始後 30 年内に限られています。この後継相続人については後ほど詳しく説明します。

こうした相続人の定めを「相続人の指定」(Erbeinsetzung)と呼んでいます。相続人の指定は遺言か相続契約で行わなければなりません。相続契約は被相続人がほかの人との間でおこなう相続についての約束です。後ほど説明します。

相続人を指定するのではなく、法定相続人から除外する(Enterbung)という消極的な意味での指定も可能です(1938 条)。「消極的遺言」と呼ばれるタイプの遺言です。日本民法の廃除(日本民法 892 条)とは違って、除外する理由は問われませんし、除外に裁判所が関与することもありません。

このように、被相続人は遺言を使って相続人を指定し、自分の財産の行方を定めることができます。しかし、すべてを自分の思い通りに決めてしまうことはできません。被相続人の配偶者、子(直系卑属)、親が相続人に指定されなかった場合、これらの者が(遺言がなければ)法定相続人となる立場にあれば法定相続で取得できたであろう額の半分を遺留分として請求することができるからです。これらの者を相続から廃除する場合も同様です。この遺留分という制度は日本の制度によく似ていますが、細かな点ではやはり違いがあります。その点も後ほど説明します。

相続割合の指定をめぐる問題

被相続人は指定した相続人各人の相続割合についても定めることができます。複数の相続人を指定したのに割合の定めがなかった場合は遺言を解釈して被相続人の真意を探る必要が生じます。それでも真意がわからなかった場合は、各人が均等割合で相続することになっています(2091 条)。

遺言による相続割合は、指定した相続人に遺産がすべて承継されるように決めるのが普通です。しかし、必ずそうしなければならない、ということではありません。例えば、指定した相続人に承継させるのは遺産の半分にとどめ、残りは法定相続に委ねることも可能です(2088 条)。しかし、このことが遺言の解釈上、難しい問題を引き起こします。

遺言で指定された各相続人の相続割合を足し合わせた合計が「1」に満たない場合にどうすれいいのか、という問題です。この場合、被相続人は指定されていない部分を法的相続に委ねた可能性がありますが、単に計算間違いをしただけかもしれません。これは遺言の解釈の問題になります。

民法にはこうした場合の解釈方法を定めています。それによれば、遺言の内容から「遺産は指定相続人だけに相続させる」という遺言者の意思が汲み取れる場合には、宙に浮いた部分を指定相続人が指定した比率で各相続人に振り分ける、としています(2089 条 1 項)。例えば、3 人の相続人を指定したものの、相続割合の合計が11/1211/12にとどまるケースでは、被相続人が計算間違いをした可能性が大きいと考えられます。1/121/12だけ法定相続に委ねる、というのは意味が乏しく、被相続人がそれを望んだとは思えないからです。このため、宙に浮いた割合部分は各相続人に振り分けますが、振り分ける際には各人の相続割合の比率を保っておこないます。例えば、元の比率が 1:1:2 であれば、振り分けによってその比率が変わることがないよう、各人の相続割合を増やします。

逆に、遺言で指定された各相続人の相続割合を足し合わせた合計が「1」を超えている場合もあります。この場合は、計算間違いをしたことが明確なので、各相続人の相続割合を減らします(2089 条 2 項)。ただし、先ほどと同様に、各相続人の相続割合の比率が保たれるようにします。

指定相続人が先に死亡した場合

もう一つの問題は、相続人に指定された者が相続開始前に死亡してしまった場合です。指定相続人の場合、法定相続とは違って代襲相続は生じません。遺言のなかに予備相続人の指定があればそれに従いますが、そうした指定がない場合はどうなるでしょうか。同じ問題は、指定された相続人が相続放棄をした場合にも生じます。

民法はこうした場合を想定して、死亡や放棄で宙に浮いてしまった相続割合が誰に帰属するのかについて解釈の基準を定めています。

まず、遺言において法定相続が生じないように相続人が指定されていた場合、つまり、指定した相続人によって遺産がすべて承継されるように定められていた場合は、宙に浮いてしまった相続割合を他の相続人に振り分ける、としています(2094 条)。振り分け方は先ほどと同様です。各人の相続割合の比率を保つようにしておこないます。例えば、配偶者1/21/2、2 人の子が1/41/4ずつ、という相続割合が定められていたが子のうちの1人が先に死亡してしまった場合は、配偶者の割合が2/32/3、もう一人の子の割合が1/31/3となります。民法はこれを「膨張」(Anwachsen)と呼んでいます。

反対に、遺言において相続割合の一部についてだけ相続人を指定し、残りを法定相続に委ねている場合は、(複数の相続人について「全部で1/31/3」というような割合の指定をおこなっている場合を除き)宙に浮いてしまった相続割合は法定相続人に振り分けます。

後継相続人の指定によって死後も財産を支配できる

先ほど説明したように、遺言(・相続契約)では後継相続人(Nacherbe)を決めておくことができます。つまり、自分が死んだら財産を最初(当初)の相続人(Vorerbe)に承継させる、その相続人が死亡したときにはさらに後継相続人に承継させる、ということを遺言で定められるのです。後継相続人の次の相続人、つまり再後継相続人を定めておくことも可能です。後継相続の回数に上限はありません。まだ生まれていない人(たとえば後継相続人 A が生んだ子)を(再)後継相続人に指定しておくこともできます(2101 条)。後継相続人に事故などがあったときに備えて、後継相続人の予備の相続人(予備後継相続人)を指定しておくこともできます。

後継の相続を生じさせる出来事は当初相続人の死亡に限られません。例えば、当初相続人である妻が再婚したときは後継相続を生じさせる、という遺言をおこなうこともあります。「再婚条項」と呼ばれるものです。ほかの男と再婚したら財産は取り上げる、と言っているに等しい遺言ですが、このような遺言も有効とされています。

また、遺産の一部、例えば1/21/2についてだけ後継相続人を定めることも可能です。この場合は、残りの部分は通常の(後継相続人の指定がない)相続になります。ただし、特定の財産についてだけ後継相続人を定めることはできません。ここでも、遺言では個別の財産の承継を定めることができない、という原則が貫かれています。

日本では、遺言で遺産の行方を長期にわたり定めることができないので(家族)信託契約という方法を使いますが、ドイツでは遺言で後継相続人を定めれば長期間にわたり遺産の行方を定めることができます。後継相続人の指定と同時に、遺言で遺産分割を禁止することもしばしばあります。

ただし、相続開始から 30 年を経過すると、後継相続人の指定も遺産分割の禁止も効力を失います(これにも重大な例外があります)1

後継相続人が指定されると、当初の相続人(当初相続人)の権利は大幅に制約され、財産を自由に処分することができなくなります。

すなわち、当初相続人は後継相続人の権利を損なう可能性のある不動産の処分(売買や担保設定)は禁じられ、当初相続人が行った処分は無効になります(2113 条 1 項)。当初相続人への相続を登記する際には後継相続人の権利も登記されるので、通常は善意取得も成立しません。当初相続人は承継した遺産を遺産を誰かに贈与することもできないとされています(2113 条 2 項)。贈与は(儀礼上のものを除き)無効となります。贈与の禁止は不動産に限らず、すべての遺産に適用されます。

それだけでなく、当初相続人の債権者も当初相続人が承継した財産には強制執行できません。当初相続人が破産しても破産管財人は同じ立場に置かれます(2115 条)。当初相続人が遺言を書いて、後継相続人とは別の人を相続人に指定したとしても全く意味がありません。それによって、後継相続人への承継は何ら影響を受けないからです。当初相続人の遺言は、被相続人から承継した財産を除く部分についてだけ効力を持ちます。後継相続人に承継しなければならない財産には、遺産が滅失した場合に取得する保険金なども含まれます(2111 条)。つまり、代位も認められています。

有り体に言えば、当初相続人は相続によって財産を取得するものの、実際のところは後継相続人に財産を引き継ぐための管理人(受託者)のような立場に置かれています。民法では、当初相続人は承継した財産を「秩序正しく管理」したうえで、後継の相続が開始した場合は後継相続人に引き継がなければならない、と定められています(2130 条)。当初相続人が承継した財産を自分のために費消してしまった場合には、後継相続人に対する損害賠償義務が発生します(2134 条)。ただし、被相続人から承継した遺産が生みだす果実(例えば不動産の賃料)は、たとえ後継相続人の同意がなくても(通常の範囲であれば)当初相続人が取得することができます。また、被相続人が遺言で当初相続人が遺産を(ある程度)自由に処分できるようにすることもできます(2136 条)。それがなくても、後継相続人の同意があれば、当初相続人が承継した財産を処分、贈与することもできます。

ここまでの説明で、後継相続人の指定がいかに強力な拘束を生み出すのかがお分かりいただけたと思います。それは、被相続人が自分の死後も財産を支配しているかの如き状況を生み出します。当初相続人はとても弱い立場に置かれますが、対照的に後継相続人の立場は非常に強大です。後継相続人という立場は期待権にすぎませんが、その期待権は誰かに譲渡する(売る)こと、担保を設定することすら可能、とされています。つまり、確固とした財産的な権利として認められています。このため、後継相続人が後継の相続が開始する前に死亡した場合は、後継相続の地位が後継相続人の相続人に承継されることになっています(2108 条)2。 後継相続人が相続人を指定していればその人に、指定がなければ法定相続人に後継相続人の地位が承継されます。

ただし、後継相続人は後継相続を放棄することができます。後継の相続が開始するまでの間は当初相続人との間の契約で後継相続権を放棄する(エルブフェアチヒト)ことができます。後継の相続の開始した後は、相続を放棄することもできます(2142 条)。つまり、後継相続人が遺言に拘束されることはありません。

ドイツの民法は、この後継相続のために全部で 47 の条文を置いています(2100 条~2146 条)。それほど多くの条文があるのは、後継相続をめぐってさまざまな利害が錯綜するからですが、後継相続という制度が重要な役割を果たしているからでもあります。後継相続人の指定という方法によって、被相続人は死後も非常に長い期間にわたり自分の財産をコントロールし続けることが可能になります。そうした制度が用意されている、ということ自体、日本人の感覚ではなかなか理解できないのではないでしょうか。ここには、「財産を所有している」ということについて感覚の違いも潜んでいるように感じますし、さらに言えば、ドイツにおける家族のあり方の問題もはらんでいるように思います。後継相続人に配偶者(多くは妻)が指定されるとどうなるか、ということを考えていただければお分かりいただけると思います。「再婚条項」のところで出てきた問題です。

後ほど説明しますが、被相続人は遺言執行という制度を使うことでこれと似た状況を作り出せます。遺言執行者の役割も日本とドイツでは全く違っています。

脚注

  1. 例えば、「後継相続人を子 A とする。A が死亡したときはその子 B を(再)後継相続人とする」という定め方をしておけば、A の死亡がたとえ(当初の)相続開始から 30 年以降であっても(再)後継相続の定めは有効、とされています(2109 条 1 項 1 号)。つまり、遺言の効力は後継相続人である A の死亡時まで続きます。こうして、30 年間という期間制限には大きな例外が設けられています。

  2. ただし、被後見人の生前に後継相続人が死亡した場合は、(予備の後継相続人が指定されていない限り)後継相続人の指定は無効になります。