遺言
遺贈
遺贈
ドイツの民法における遺贈(Vermächtnis)は、日本の民法とは法的な意義がまったく異なります。ドイツにおける遺贈は、被相続人が相続人に負わせた債務を意味します。「自分が死んだら家は A さんに譲る」という遺言がなされた場合、相続人(遺言で指定された相続人または法定相続人)は A さんにその家を譲渡する義務を負うことになります。A さんは遺言によってその家の所有権を取得することはなく、相続人に対する請求権を得るにすぎません。つまり、遺贈は、被相続人が相続人に負わせる負担のひとつです。「遺贈」と訳しましたが、フェアメヒトニス(Vermächtnis)という言葉は直訳すると「力を与える」という意味になります。つまり、受贈者に請求権を付与することを意味しています。
これから説明するように、遺贈にはさまざまなバリエーションがあります。
いろいろな受遺者の決め方がある
受遺者(Vermächtnisnehmer)は自然人である必要はありません。法人でも構いません。法定相続人に対して遺贈することもあります。「先遺贈」と呼ばれていますが、これについては後ほど説明します。
まだ生まれていない人を受遺者として指定することもできます。この場合は、生まれると同時に遺贈の権利を取得することになります。
遺贈を受ける人を被相続人が決めるのではなく、第三者(例えば相続人や遺言執行者)に決めてもらうこともできます。例えば、遺言者が経営する会社の権利(株式)を孫の誰かに引き継ぎたい、と考えた場合、「〇年後に最も優秀な孫に遺贈する」という遺言を残し、それを決定する人を指名しておくことができます。民法はこうした遺贈のためにわざわざ条文を置いています(2151 条、2152 条)。誰を受遺者として選ぶのかが重要になるため、選択の方法についてルールを定めているのです。
相続の開始時までに遺贈を受けるはずだった人が死亡してしまった場合、遺贈は無効になります。このため、こうした事態に備えて、予備の受遺者を定めておくこともできます(2190 条)。
相続で遺贈を受けた人がその後に死亡した場合に遺贈の目的物をさらに譲り受ける人、つまり後継の受贈者(Nachvermächtnisnehmer)を定めておくこともできます。受遺者の死亡ではなく、特定の出来事の生起や期間の経過を原因として後継受贈者に引き継ぐことにしておくこともできます。
そのほか、遺贈の効力の発生時期を相続開始時ではなく後日にずらすこと、遺贈に条件を付けることなども出来ます。ただし、相続開始から 30 年たつと遺贈は効力を失います(2162 条 1 項、例外あり)。
なお、遺贈を受けることになった人が遺贈を辞退(放棄)することは自由です(2180 条 1 項)。
遺贈の対象もさまざま
遺贈の対象とするのは、「財産的な利益」(Vermögensvorteil)であれば何でも構わない、とされています(1939 条)。
不動産や動産はもちろんですが、債権を遺贈の対象とすることもできます。例えば、不動産に設定する賃借権を遺贈することもできます。年金として毎年一定の金額を支払う、という遺贈もできますし、被相続人に対する債務を免除する、という遺贈もあります。
このほか、受贈者にいくつかの選択肢の中から遺贈を受ける物や権利を選ばせることもできます。被相続人が相続開始時に遺贈の目的物や権利を有していなかった場合、遺贈は無効となります(2169 条)が、被相続人が目的物を調達したうえで遺贈することを意図していた場合は有効です。この場合、相続人は目的物を調達して受遺者に渡す義務を負います。
相続人が受遺者となる先遺贈
遺言で相続人に指定した者や法定相続人に対して遺贈を行うこともできます。先遺贈(Vorausvermächtnis)と呼ばれる遺贈です(2150 条)(「先取遺贈」とも訳されています)。この遺贈を受けた相続人は非常に有利な立場に置かれます。他の共同相続人との遺産分割協議では、遺贈の対象とされた財産を除いた相続財産を分割することになるためです。分割協議では遺贈による取得分が考慮されません。つまり、遺贈されたものを除いた相続財産を各自の相続割合で分割します。先遺贈を受けた相続人が相続を放棄して、遺贈だけを受けることも可能です。
ただし、先遺贈を意図したのか、(単なる)遺産分割方法の指定なのかが判然としない場合が多くあります。被相続人がどちらを意図したのかを解釈することが必要になります。遺産分割方法の指定であれば、相続人の相続割合は変化させないため、相続割合を上回る価値を持つ財産を取得した場合は超過分を清算しなければなりません(遺言で清算義務を免除することは可能です)。先遺贈なのか、遺産分割方法の指定なのか。それによって遺贈を受けた相続人の立場は大きく変わって来ますが、そんなことを考えずに書かれた遺言が多くあるため、難しい遺言の解釈を強いられます。
遺贈の義務を負う人
遺贈は債務、と説明しましたが、その義務を負う人がベシュヴェルター(Beschwerter)です。日本の民法には存在しない概念なので訳が難しいですが、直略すると「おもりを背負わされた人」という意味です。通常は相続人が遺贈の義務を負います。民法も、遺言に何も書かれていなければ、相続人が遺贈の義務を負う、と定めています(2147 条)。
変わり種として、受贈者に遺贈の義務を負わせる、というタイプの遺贈もあります。転遺贈(Untervermächtigung)と呼ばれます。遺贈を受けた人に対して何らかの義務を負わせる場合がこれにあたります。
負担
「負担」(Auflage)は遺贈とよく似ていますが、遺贈とは異なる類型のものとされています。「負担」と訳しましたが、「負わせる」という意味の言葉です。
被相続人が遺言に「(預金は)障がい者のために使ってくれ」と書いたとしましょう。この文章は、日本では「単なる希望」として片付けられてしまうと思いますが、ドイツでは被相続人のこうした願いを確実に実現する手段を用意しています。その受け皿になっているのが「負担」という概念です。
負担の場合、遺贈とは違って利益を受ける人が特定されている必要はありません。むしろ、特定されていないのが普通です。それでも目的さえしっかりと特定されていれば足りる、とされています。ただし、被相続人の要望は単なる「願望」ではなく、相続人(または受遺者)にそれを実現する義務を負わせたと言える程度に明確なものでなければなりません。
負担では、誰が利益を受けるのかが明確になっていないことが多くありますが、実際に誰に利益をもたらすかの選択を負担を履行する相続人又は第三者(例えば遺言執行者)に委ねることができます(2193 条)。しかし、誰にも利益が渡らないまま、遺言が無視されてしまう危険をはらんでいます。このため、民法はすべての(共同)相続人に対して負担の履行を請求する権利を与えています。それだけでなく、公益にかかわる負担については所轄庁にも履行請求権を与えています(2194 条)。
これらの請求権者は、履行義務を負っている相続人(・受遺者)に対して履行請求訴訟を提起できます。履行を命じる確定判決を得れば、一定の期限を定めて利益を受ける人を特定するよう催促し、それでも特定(履行)をしない場合は自分で特定する権利を行使することもできます(2193 条 2 項)。民法はこうした権限を与えることで、被相続人が望んだ負担が実現されるようにしています。
これが「負担」という制度です。いかがでしょうか。私はこの制度を知ったとき、「そこまで亡くなった人の希望を汲み上げるのか」と正直驚きました。ただし、相続開始時に負担の内容を実現することが不可能になっていた場合、負担の定めは無効となります(2192 条→2171 条)。この点では遺贈と変わりません。