ドイツの相続法の全体像
制度の枠組みは日本の相続法によく似ている
相続人はすべての財産を引き継ぐ
ドイツ民法の相続に関する規定は次の条項から始まります。
人の死亡(相続)によって、その者の財産(遺産)は一体として一人又は複数の者(相続人)に引き継がれる
つまり、被相続人の財産は、被相続人の死亡とともに、債務も含めすべて相続人らに承継されます。包括承継主義と呼ばれる制度です。これは日本の民法と同じです。国によってはまったく違う相続財産の承継方法を定めていますが、幸いなことにドイツと日本の相続法は同じタイプの制度を採用しています。このため、ドイツの相続法はとても理解がしやすいはずです。
法定相続と遺言による相続が併存している点でもドイツと日本は同じです。法定相続人の間の順位の決め方もに似ています。配偶者は常に相続人になりますし、親族は子から始まって次は親、という具合に相続の順位が決まっています。
遺留分という制度によって、被相続人が自分の財産の行方を遺言などで決めることに一定の限度を設けている点も日独は共通しています。
大きな違いもある
しかし、制度の中身を見ていくと、日本の法律家の「常識」を破る点が随所にあらわれます。
被相続人がこんな遺言をのこしたとしましょう。
「自分が死んだら、この家は長男に継いでもらう。次男に別荘と株式を渡す」
日本ではよくあるタイプの遺言ですが、ドイツではこうした遺言をすることができません。個別の財産の承継者を遺言で定めることはできないのです。被相続人が決められるのは、誰が相続人になるのか、ということと各相続人の相続割合に限られます。遺言は遺産の包括承継者を決めるためのもの、と考えればわかりやすいと思います。
日本の制度では「相続人=法定相続人」ということが前提になっていますが、ドイツの制度では被相続人が定めた人が「相続人」になります。親族でない人を相続人に指定することももちろん可能ですし、法人を相続人に指定することもできます。相続人の定め方のバリエーションも豊富です。例えば、こんな定め方もできます。
「自分が死んだら、財産は A に相続してもらう。(財産を受け取ったあとに)A が死んだら、そのときは B に相続してもらう」
これは後継相続人というタイプの相続人の定め方です。後継相続人の次の再後継相続人を決めておくこともできます。相続開始から 30 年たつと後継相続人の定めは効力を失う、とされていますが、それまでの間は被相続人が思うように自分の財産の行方を決めておくことができます。財産のリレー方法を決める遺言ですが、「30 年間」という時間の長さはもちろんのこと、先の先まで遺言で決めることができる、ということに驚かされます。
遺言にもさまざまなバリエーションがあります。一人で書く遺言だけでなく、夫婦で共同の遺言を残し、互いに約束を交わすことも広くおこなわれています。相続後の財産の行方について誰かと契約して決める相続契約というものもあります。法定相続人になる人と生前に契約を結んで、相続権を放棄してもらう相続放棄契約も有効です。
全体として見ると、ドイツの民法は遺言などで被相続人が自分の死後の財産の行方について決めることを中心にしていると言えます。この点で、法定相続を中心とする日本の相続制度とはかなり様子が違います。ドイツ民法にも法定相続制度はありますが、遺言などによる定めがない場合に適用される二次的、補充的な制度とされています。
このほか、遺言執行者、遺産分割、相続人が負う債務、遺留分の算定方法なども日本とはかなり違っています。
もうひとつ、日本と大きく違っているのは裁判所の役割です。
ドイツの裁判所は相続人間に争いがない相続案件でも、相続に伴う権利関係を明確にするうえで中心的な役割を果たしています。さながら「相続センター」といった役割を果たしています。裁判所は誰にどの割合の相続権があるのかを調べて相続証明書という証明書にまとめます。そこには、相続人、相続割合、相続放棄など、相続をめぐる重要な事項が記載され、相続について誰がどのような権利を持っているのかが明記されます。遺言書を保管するのもドイツでは裁判所の役割です。
その反面で、ドイツの裁判所は遺産の分け方(分割方法)を決めてくれません。相続人の間で話し合いがまとまらないときはどうするのだろうか、と思われるかもしれませんが、話し合いがつかない場合は法律の規定にしたがって「分割計画」を作り、他の共同相続人に対してその計画が適法なものであることの承認(同意)を求める裁判を起こします。裁判所はこうした分割計画が適法であるか否かを審理します。裁判所が「適法」と判断すればその計画に従って遺産が分割されますが、「不適法」と判断すればすべて白紙に戻ります。日本の家庭裁判所は、遺産分割の協議につきあってくれます(調停)し、協議がまとまらない場合は遺産分割方法を決めてくれます(審判)が、ドイツの裁判所はそこまで面倒を見てくれません。あくまで法を執行することが裁判所の役割なのです。
このように、日独の制度的な枠組みはかなり似ていると言え、制度の中身をよく見て行くと違いも目立つ、というのが全体像と言えそうです。
それではドイツの相続制度について詳しく説明していきましょう。
このサイトに登場する略号
以下の説明に登場する略号です。
なお、カッコ内に条文番号だけが書かれている場合はドイツ民法(BGB)の条文を示しています。
BGB Bürgerliches Gesetzbuch 民法
BGH Bundesgerichthof 連邦裁判所 (民事刑事事件の最高裁判所です)
Brox/Walker (Hans Brox / Wolf-Dietrich Walker, Erbrecht 30. Auflage) ブロックス/ヴァルカー『相続法 第 30 版』 (2023 年)
EuErbVO Europäische ErbrechtsVO EU 相続規則
FamFG Gesetz über das Verfahren in Familiensachen und in den Angelegenheiten der freiwilligen Gerichtsbarkeit 家事事件非訟事件手続法1
ZPO Zivilprozessordnung 民事訴訟法
ライポルト ディーター・ライポルト著『ドイツ相続法』2(田中宏治訳)(2024 年信山社)