ドイツ相続法情報室

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準拠法と国際裁判管轄

国際裁判管轄


これまで、相続についてどの国の法律が適用されるのかを説明して来ましたが、この問題と区別しなければならないのは、どの国の裁判所が裁判をおこなう権限(管轄)を持つのか、という問題です。後者は国際裁判管轄と呼ばれます。

日本のルール

日本の家事事件手続法では、2019 年 4 月以降、以下のルールが適用されています。すなわち、日本の裁判所には以下の場合に管轄権がある、とされています(家事事件手続法 3 条の 11)。

① 「相続開始のときにおける被相続人の住所が日本国内にあるとき」

②  住所がないとき(知れないとき)は「相続開始の時における居所が日本国内にあるとき」

③  居所もないとき(知れないとき)は「相続開始前に日本国内に日本国内に住所を有していたとき」

ただし、最後の③については、「日本国内に最後に住所を有していた後に外国に住所を有していたときを除く」という限定が付されています。

日本の家事事件手続法で審判事件の対象範囲として掲げられているのは、遺産の分割、特別の寄与、祭祀の承継、推定相続人の廃除、相続財産の保存、相続の承認・放棄、財産分離、相続人不存在、遺言、遺留分です。すべて日本の民法を前提にした定め方になっていますが、日本法が相続の準拠法になることは要件になっていません。

これとは別に、相続財産が日本国内にある場合も、日本の裁判所に裁判管轄があるとされています。対象とされているのは、遺産の管理にかかわる案件です(遺産分割事件は含まれていません)。ただし、遺産の分割と特別の寄与に関しては、「当事者の合意」による国際裁判管轄が認められています。

ドイツ(EU)のルール

ドイツ(EU)では、2015 年 8 月 17 日以降の相続については以下のルールが適用されています。

まず、被相続人の死亡時の常居所地を管轄する国の裁判所に管轄権が認められます(EUErbVO 4 条)。つまり、相続についての準拠法と国際裁判管轄を一致させています。また、被相続人が相続の準拠法を選択した場合は、関係者の合意によって当該国の裁判所に管轄権があることを定めることができる、とされています(EUErbVO 5 条)。

さらに、被相続人の死亡時の常居所地が EU 内にはない場合であっても、遺産が存在する国の裁判所に補充的な管轄を認めています。ただし、どの国の裁判所に管轄があるのかについては段階的な定め方がされており、被相続人が国籍を持つ国の裁判所、そうした国がなければ死亡の 5 年前までの間に常居所地があった国の裁判所、そのような国もなければ遺産が存在する国の裁判所、という順番で管轄裁判所が決まります(EUErbVO 10 条)。

さらに、緊急的な裁判管轄として、「相続について密接な関係がある第三国において訴訟を提起又は遂行することが期待できない(nicht zumutbar)または不可能な(unmöglich)場合」は、「事案に十分な関連がある」国の裁判所に管轄権が認められています(欧州相続規則 EUErbVO 11 条)。

以上の裁判管轄は、「相続に関する訴訟」すべてについて認められています。日本の家事事件手続法のように、対象となる事項を細かく規定するのではなく、相続案件を広く網羅できるようにしています。

二国間にまたがる相続案件

日本では被相続人の死亡時の住所、ドイツ(EU)では被相続人の死亡時の常居所地を基準に国際裁判管轄が定められています。この点で両者は概ね似た決め方をしているといえます。両国の国の規定には、外国にある相続財産を管轄外とするような規定も存在しません。このため、日本とドイツの二国間にまたがる相続案件については裁判管轄という点ではおおむねカバーされているように見えます。

しかし、日本の家事事件手続法では日本国内に相続財産がある場合の補充的な管轄が非常に限定的であるうえ、緊急管轄を認める規定もありません。実務上はこの点がネックです。国をまたぐ相続案件が増えるなか、早急に立法的な対応をおこなうことが望まれます1

遺言によって国際相続に備える

これまで説明して来たように、国をまたぐ相続案件では準拠法や裁判管轄のことなど多くの実務上の問題があります。場合によっては、「相続の分断」という、実務上ほとんど解明されていない難問に突き当たる可能性さえあります。とくに、ドイツ在住の日本人が日独両国に遺産を持っている場合は要注意です。

こうした事態に備えるためには公正証書遺言をのこすことが重要になります。(もし可能であれば)両国で公正証書遺言を作成しておくことが得策です。公正証書遺言がない場合、ドイツにおいて法定相続人として不動産登記などの相続手続を行うためには「外国法相続証明書」の発行を受ける必要がありますが、準備がとても大変ですし、資料の収集と翻訳だけでも相当な時間と費用がかかります。公正証書遺言を作成しておけば、それで相続の手続をおこなうことができるため労力と費用を節約できます。何より早急に財産の承継を図ることが可能になります。

脚注

  1. ただし、日本の判例でも条理に基づく緊急管轄を認めるものが現れました。遺産分割に関して日本の裁判所の緊急管轄権を正面から肯定した東京高裁の決定(令和 5 年 8 月 9 日)です。アメリカ・ネバタ州の州法では、外国にある不動産については遺産管理手続の対象とならず遺産分割が行われないことを重視して、日本の裁判所に緊急管轄を認めた事例です。高橋宏司『緊急管轄の解釈論と立法論-遺産分割事件(東京高決令和5年8月9日)を端緒として』
    同志社法学 75 巻 7 号