ドイツ相続法情報室

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準拠法と国際裁判管轄

相続の準拠法によって定まる範囲


相続人の範囲、相続の承認や放棄、相続財産に関する権利、相続債権者の権利、遺産分割、遺贈など、相続に関する実体法上の権利義務にかかわる事項は、相続の準拠法によって定められるとされています。しかし、相続人の範囲や相続財産に関する権利といった相続法の中核となる事柄であっても、違う準拠法が適用されるケースがあります。1

「先決問題は別」

相続に関する法律を適用するうえで、前提として解決しなければならない問題があります。例えば、配偶者は日独いずれの法律でも法定相続人とされていますが、ある人が「配偶者」に該当するのか否かは相続とは別の事項です。こうした問題は「先決問題」とも呼ばれます。相続権の有無という「本問題」を判断するにあたって前提として判断しなければならない問題、という意味です。

日本の最高裁(平成 12 年 1 月 27 日判決-平成 7(オ)1203)は、被相続人の相続にからんで被相続人との間の親子関係の有無が争われたケースで、「親子関係が成立しているかどうか」という問題は、「本問題とは別個の法律関係(であり、)法廷地である我が国の国際私法により定まる準拠法によって解決すべきである」として、相続に関する準拠法とは別の準拠法を適用する、としました。ただし、最高裁は「別個の法律問題」という言い方をしており、「先決問題」という言葉を使いませんでした。別の単位法律関係の問題なのだから、その単位法律関係に即して準拠法を決めるのは当然、という見方をしているように読めます。

同じように、相続人となる親族関係があるか否かという問題については、国際私法においてどの国の法律が適用されるのかが別途定められており、その定めに従って準拠法を確定することになります。

「個別準拠法は総括準拠法を破る」

相続の対象となる財産には「物権」、「債権」など様々なものがあります。これらの財産に関しても、どの国の法律を適用するのかを決めるルールが存在します。例えば、物権については次のように定められています。

動産又は不動産に関する物権及びその他の登記をすべき権利は、その目的物の所在地法による

通則法 13 条 1 項

物権についてはその物が存在する国の法律が適用される、というルールです。相続法でも遺産の取得・管理・処分についてはこのルールが適用されるのでしょうか。相続法は詰まるところ被相続人が所有していた財産の行方について定めるルールですが、もし不動産や動産の得喪については「所在地の国の法律による」というルールが適用されるとすれば、相続についての準拠法が適用される場面は相当に減ります。

この問題でも、著名な最高裁判決(日本)があります。共同相続人のうちの一人が自身の持分を第三者に売却したという事案で、売却の効力が争われました。日本の民法では、共同相続人が自分の持分を単独で売却することができますが、被相続人が国籍を持つ台湾の法律では遺産は「合有」(公同共有)とされ、共同相続人のうちの一人が自己の処分を売却することはできないとされています(ドイツ民法と同じです)。このため、どちらの国の法律が適用されるのかが争われたのですが、最高裁は次のように判断しました。

共同相続した本件不動産に係る法律関係がどうなるか(それが共有になるかどうか)、…遺産分割前に相続に係る本件不動産の持分を処分することができるかどうかなどは、相続の効果に属するもの(である。だから相続の準拠法によって定められる)」。しかし、「相続に係る持分について第三者…に対してした処分に権利移転(物権変動)の効果が生じるかという問題(の準拠法は)本件不動産の所在地法である日本法(によって判断される)動産又は不動産に関する物権及びその他の登記をすべき権利は、その目的物の所在地法による

最高裁判所平成 6 年 3 月 8 日判決-平成 2(オ)1455

つまり、遺産が誰にどう帰属しているのかは「相続」という単位法律関係に属する問題であり相続の準拠法によるが、共同相続人による処分によって権利変動が生じるかは「物権」という単位法律関係に属する(別の)問題だ、と判断しました。

これは学者の間でも議論が錯綜しているテーマです。相続という単位法律関係と個別財産の単位法律関係が重なり合うことがあるのか、それとも両者の間の線引きの問題なのか、重なり合うとした場合にどちらのルールが優先されるのか、それとも両方のルールが満たされる必要があるのか等々、議論百出の状況です。ある論者は「個別準拠法は総括準拠法を破る」という原則がある、として、個別財産の準拠法が優先されると説いていますが、「そんな原則など存在しない」という論者もいます。

たしかに、最高裁の判断には戸惑わされます。相続法では、相続人が遺産(物)を処分した場合の権利の得喪についてもルールを定めています。遺言執行者が選任されている場合に相続人がおこなった処分を無効とする、という規定もその一つです(日本民法 1013 条)。こうした規定は、物権変動の効果の問題ではあるものの、相続にとっても重要な意味があるため相続法の中に規定が設けられています。こうした規定を含めて相続法が成り立っています。共同相続人が単独では処分できないというルールも、被相続人による相続人の指定から始まり遺産の分割に至る、遺産の承継プロセスのなかに組み込まれた重要なピースと言えます。遺産は共同相続人が共に所有しているもので、遺産分割が行われるまでの間は各人の持分が結びあわされています。ドイツの民法では、共同相続人が合有する遺産は個々人の財産とは切り離され、半ば独立の存在として扱われています。それなのに、個々の遺産の処分に権利変動の効果があるか否かという問題だけを切り出して、そこにだけ別のルールを適用することは相続のルールを破綻させかねません。このような切り分けにどれだけの合理性があるのかはすこぶる疑問です。

先ほどのケースでは、共同相続人による遺産の合有がテーマになりましたが、例えば、被相続人の遺言では相続人に指定されていなかった者が「法定相続人」として登記をして(日本にある)不動産を売却してしまった、というケースではどうなるのでしょうか。ドイツ人の被相続人が日本国内に不動産を所有していた、というケースを考えましょう。この場合、相続についてはドイツの相続法を適用する、不動産の所有権の得喪については日本の物権法を適用する、ということは何を意味するのでしょうか。ドイツの相続法によればまったく処分権限がない者が遺産(不動産)を売却したことになります。それでも、購入者は日本の物権法によって所有権を取得できるのでしょうか。日本の民法に 899 条の 2 という規定が設けられ、法定相続割合に相当する持分を超える部分については(相続人といえども)「登記、その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない」とされましたが、民法 899 条の 2 でいう法定相続割合というのはドイツ法の法定相続割合をさすのでしょうか。そもそも 899 条の 2 は法定相続を中心にしている日本の民法を前提としていますが、ドイツのように被相続人が遺言によって相続人と相続割合を指定する相続法にまでこの民法 899 条の 2 を適用できるのでしょうか・・・

「どこまでが相続という法的性質の問題なのか」ということについては、よくわからない問題が山のように存在します。外国の相続法に日本の物権法をドッキングする、という荒業は、さまざまな問題を生むように思います。

「手続は法廷地法による」

裁判手続に関しては法廷国の法律が適用されます。日本の通則法にはそのことを定めた条文がありませんが、あまりにも当たり前のことであるからそうした定めがない、と説明されています。

しかし、ドイツの相続法を概観していただければおわかりいただけるように、ドイツの相続では相続に関する争いがない事案でも裁判所が中心的な役割を果たしています。重要な情報は遺産裁判所に集約され、遺産裁判所が「相続証明書」などの手段で相続関係を明確にする役割を担っています。もし、裁判所がその役割を果たさなかったら、相続の手続は正常に機能しなくなりますし、相続をめぐる権利関係の調整はできなくなります。

ひとつ例をあげてみます。ドイツの民法では、相続債権者からの債務の履行請求に対抗するために、相続人に各種の防御権を与えています。そのなかに、相続債権者に対して債権届出の催告をおこなう、遺産目録を作成する、という防御方法があります。これらの手続では遺産裁判所が催促(公告)をおこなう、作成した目録を受領する、などの手続をおこなうことが予定されていますが、日本の裁判所にそうした申し立てをおこなった場合、裁判所はこうした手続に応じてくれるでしょうか?

実際に申し立てをしたことがあるわけではないので、確定的なことは言えませんが、日本の民法あるいは家事手続法がまったく予定していない手続を(家庭)裁判所が受け容れてもらうというのは非常に難しいように思います。日本の家庭裁判所に遺産目録を提出しても、裁判所にとってはそれをどう扱えばいいのか、手掛かりが全くないからです。しかし、裁判所による公告(催促)や裁判所への遺産目録の提出は、遺産では賄いきれない相続債務の履行を迫られるリスクに対処するために相続人に与えられた重要な権利です。日本の民法では限定承認という選択肢を用意していますが、ドイツの民法にはそうした選択肢は存在しません。それに代わるものとして、裁判所の緩やかな関与のもとで、相続人が我が身を守るための制度を設けています。ですが、もし裁判所が予定された役割を果たしてくれなければ、相続人は身を守る手段を失い、無限定のリスクにさらされてしまいます。

相続以外の分野でもそうですが、実体的な権利関係は手続と組み合わされて規定されています。相続法ではそうしたケースがとくに多くなっています。それなのに、裁判所での手続が行えないとなると、そのことは実体法上の権利義務に直ちに波及します。日本の裁判所に「相続証明書」の発行を求めることは無理だと思いますが、国際私法が外国法(ドイツ法)を適用すると決めた以上、通常の訴訟手続の枠組みを外れても柔軟に対応することが必要になる、といえます。

脚注

  1. 相続の準拠法により定まる範囲について:金子洋一『わが国の国際私法における相続準拠法の適用範囲について』千葉大学人文社会科学研究第 25 号 57 頁、同『EU 相続規則における相続準拠法の適用範囲について - ドイツ国際私法の観点から』千葉大学人文社会科学研究科研究プロジェクト報告書 第 253 集 151-244 頁.