準拠法と国際裁判管轄
相続法の準拠法
それでは本題の相続の準拠法について説明していきましょう。
日本の国際私法では、「相続は、被相続人の本国法による」とされています(通則法 36 条)。「本国法」とは国籍を有している国の法律という意味です。つまり、被相続人が日本人であれば、その被相続人の相続については日本の法律を適用することになります。ドイツ人であればドイツの法律を適用します。被相続人が生前にどこに住んでいたか、どのように生活していたかには関係しません。とても明確なルールと言えます。
ドイツの国際私法でもかつては似た決め方をしていました。しかし、2015 年 8 月 17 日以降に発生した相続についてはドイツを含むEU全域で新しいルールが適用されることになりました。EUの法律(相続規則)では次のように定められています。
死亡によるすべての法的効果については、被相続人の死亡時の常居所地の国の法律による
つまり、被相続人の死亡時の生活の本拠がどこにあったのかを基準にして、どの国の法律を適用するのかを決めることになっています。これは、相続という法律関係では、被相続人が亡くなったときの生活の本拠があった国が最も密接に関係している、その国の法律を適用することが理に適う、という考え方に基づいています。「常居所地」(gewöhnlicher Aufenthalt)という耳慣れない言葉が出てきますが、人が相当期間居住し生活している場所を指している、などと説明されています。
ただし、このルールには2つの重要な例外があります。ひとつは次の条項です。
諸事情を総合するとき、被相続人が死亡の時点で、死亡時の常居所地ではない国との間に、明らかにより密接な関係を有していた場合はその国の法律を適用する
常居所地よりさらに密接な関係がある国が存在する場合はその国の法律を適用する、というルールです。
もうひとつの例外は、どの国の法律を適用するのかを被相続人自身が決めることができる、という点です(EUErbVO 22 条)。「法の選択」(Rechtswahl)と呼ばれています。ただし、この準拠法の指定は遺言(・相続契約)でおこなわなければならないことになっています。また、好き勝手にどの国の法律によるのかを決めることは出来ません。選ぶことができる国は、「遺言か死亡のときに属していた(国籍を有していた)国」に限定されています。複数の国籍を持つ人の場合、その中のいずれかの国であればいい、ということになっています。
なお、国によっては、不動産についてだけ別の準拠法を定めていることがありますが、日本とドイツ(EU)は財産の種類で相続の準拠法を区別することはせず、すべての遺産に一つの国の法律を適用することを前提にしている点で共通しています。「相続統一主義」と呼ばれる決め方です。
ケースで違う準拠法
日本とドイツで決め方が違うことがおわかりいただけたと思いますが、ルールの違いが話を複雑にさせます。
ケース分けして説明します。以下の文章に出て来る「長く居住していた」という言葉は常居所地を示している、と考えてください。
| 常居所地 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 日本 | ドイツ | ||||
| 国籍 | 日本 | ① | 日本の国際私法=日本法 | ③ | 日本の国際私法=日本法 |
| ドイツの国際私法=日本法 | ドイツの国際私法=ドイツ法 | ||||
| ドイツ | ④ | 日本の国際私法=日本法 | ② | 日本の国際私法=ドイツ法 | |
| ドイツの国際私法=ドイツ法 | ドイツの国際私法=ドイツ法 | ||||
① 被相続人が日本国籍・日本在住のケース
日本に長く居住していた日本人が死亡し、日本とドイツに遺産がある、というケースを考えましょう。このケースでは、日本の国際私法でもドイツの国際私法でも、日本法が準拠法になります。被相続人がドイツ国内に残した相続財産についても日本の相続法が適用されます。
② 被相続人がドイツ国籍・ドイツ在住のケース
ドイツに長く居住していたドイツ人が死亡し、日本国内にも遺産がある、というケースを考えましょう。このケースでは、日本の国際私法でもドイツの国際私法でもドイツ法が準拠法となります。このため、日本に残された財産について相続手続を行う際には、ドイツ法による相続関係を明らかにする必要があります。
ここまではわかりやすい話ですが、ここから先の話が複雑になります。
③ 被相続人が日本国籍・ドイツ在住のケース
ドイツに長く居住していた日本人がドイツ国内で死亡し、日独両国に遺産がある、というケースを考えましょう。このケースでは、日本の国際私法では日本法が準拠法になりますが、ドイツの国際私法ではドイツ法が準拠法になります。つまり、ひとつの相続なのに 2 つの国で別々の法律が適用される、ということになります。遺言があればまだましですが、もし法定相続に委ねられるとすると非常に困った事態が起きます。法定相続であれば法定相続人も相続割合も違ってくるからです。矛盾する二つの国のルールを調整するための仕組みは残念ながら存在しません。この問題については後ほど触れます。
④ 被相続人がドイツ国籍・日本在住のケース
日本に長く居住していたドイツ人が死亡し、両国に遺産がある、というケースを考えましょう。このケースでは、日本の国際私法では被相続人の本国法であるドイツ法を適用することになります。しかし、先ほど説明したように、ドイツの国際私法では常居所地である日本の法律を適用することになっています。この場合は、「反致」と呼ばれるルール(通則法 41 条)が働き、日本法を適用することになっています。反致は「送り返す」(renvoi)という言葉の訳語で、いったんドイツへ送ったものがドイツから送り返されて来る、という意味です。ただし、被相続人がドイツ法を適用することを選択していた場合は、ドイツの国際私法でもドイツ法が適用されることになるので、ドイツの相続法によります。
この反致というルールは一見するともっともなルールのように見えますが、よく考えると意味がわからなくなります。ドイツの国際私法にも同じルールがありますが、反致が適用されることでドイツではドイツ法が準拠法になります(常居所地である日本の法律では被相続人の国籍がある国の法律を適用することになっているため、ドイツ法に送り返されて来る)。つまり、もし反致がなければ、日本ではドイツ法が、ドイツでは日本法が準拠法となりますが、反致というルールがあることで、日本では日本法が、ドイツではドイツ法が準拠法になります。要するに、反致によって適用する国を入れ替えただけで、調整の役割は全く果たしていないのです。このため、「反致には合理性がない」と批判されていますが、自国の法律が適用される場面が増えるので、実務家(とくに裁判官)にとってはありがたいルールと言えます。反致というルールを撤廃する動きが広がらないのも、そのあたりに理由がありそうです。
なお、被相続人が日独双方の国籍を持っていた場合はどうなるでしょうか。この場合、日本の国際私法では、「(二以上の)国籍のうちいずれかが日本の国籍であるときは、日本法を当事者の本国法とする」としています(通則法 38 条 1 項)。これは、日本の国籍を優先させるルールです。立法の仕方としては批判されていますが、この日本の国際私法のルールに従い、日本法を適用することになります。他方、ドイツの国際私法では、被相続人の常居所地を基準に準拠法を決めているので、被相続人の国籍は被相続人が自分で準拠法を選択する場合にだけ関係します。
相続の分断(遺産の分断)という問題
日本の相続法もドイツの相続法も、遺産のすべてに同じ相続法が適用される、という「相続統一主義」を前提としており、一つの相続に複数の相続法が適用されることは想定していません。それにもかかわらず、一つの相続に複数の相続法が適用される、という事態が生まれてしまうことがあります。ドイツでは「遺産の分断」(Nachlassspaltung)1と呼ばれている状況ですが、「相続の分断」といったほうが意味が通じやすいと思います。
こうした分断が起こる典型例は、不動産については(国によっては動産も)財産所在地の相続法を適用する、というルールに起因するものです。不動産は所在する国に最も密接にかかわっているので、こうした決め方にも一理ありますが、不動産にだけ別の国の相続法が適用されることになるので、多くの問題が生じます。ただし、日本もドイツの国際私法はこうした定め方をしていない(相続統一主義)ので、日独間では幸いこの問題は起こりません。
しかし、不動産の特別扱いがない国の間でも分断が起こります。先ほどのケースの③と④のように、準拠法を決めるための基準(「連結点」と呼ばれています)が異なると、それによって分断が起きてしまうからです。日本の国籍を持つ人がドイツに長く住んでいた、あるいは、ドイツの国籍を持つ人が日本に長く住んでいた、というケースは頻繁にあることなのに、それだけで「分断」という、非常に難儀な問題が起きます。
相続の分断が起きたケースでは、同じ相続なのに日本の裁判所では日本の相続法が適用され、ドイツの裁判所ではドイツの相続法が適用されることになります。両者を調整するための規定はないので、解釈(適用)で克服するほかありません。遺産の管理や処分に関しては、それぞれの国の相続法を適用することで大きな問題は起きないかもしれませんが、相続人や相続割合が違う、相続の承認や放棄のルールが違う、遺留分の算定方法が違うなど、どう考えればいいのかわからない問題が出てきます。
モデルケースで考えてみましょう。
ドイツに長く住んでいた日本人のAさんが亡くなりました。Aさんは独身できょうだいもなく、父母と祖父母はすでに他界しています。唯一の身寄りは、父の弟であるBさん、つまりAさんの叔父です。Aさんの出身地(両親が住んでいた場所)には、Aさんの父親名義の土地建物がまだ残っています。Bさんは日本在住です。なお、Aさんは遺言をのこしませんでした。
このケースの準拠法を考えましょう。日本の国際私法(通則法)では被相続人の国籍が基準になるので、Aさんの相続には日本法が適用されます。他方、ドイツの国際私法(EUErbVO)ではAさんの死亡時の常居所地が基準になるので、ドイツ法が適用されます。つまり、日独で異なる相続のルールが適用されることになります。
日本の民法は法定相続人の範囲が非常に狭い点に特徴があります。法定相続人は、被相続人の直系卑属、直系尊属、兄弟姉妹とこれらの代襲相続人に限定され、法定相続人がいない場合(で遺言による遺贈もない場合)、遺産は国庫に帰属します。つまり、この日本の民法のもとでは、Aさんの叔父であるBさんは法定相続人になりません。日本の相続法ではAさんの亡父親名義の不動産(=亡父からAさんが相続している)をBさんが相続することは出来ないのです。つまり、Aさんの日本国内の遺産とAさんの父親名義の不動産は「相続人不存在」として国庫に帰属することになります。
一方、ドイツの民法では、祖父母の子である叔父のBさんは法定相続人にあたります。このため、ドイツの裁判所に「外国法相続証明書」の発行を申請し、相続人であることの証明を得ればドイツ国内にAさんが遺した遺産はBさんが取得できます。しかし、この証明書の効力はドイツ国内に限定され、外国にある財産にまで適用することはできません。このため、日本にあるAさんの遺産を取得するための手段にはなりません。
このケースでBさんが日本にあるAさんの父親名義、つまりBさんの兄名義の土地建物を取得する方法はないのでしょうか。
日本の裁判所に外国判決の承認を求めるというのが一案ですが、ドイツの遺産裁判所が発行する相続証明書は「外国判決」とは言えそうにありません。そのほかに妙案は浮かびません。もし、遺産をドイツまで持っていければ問題は可決しますが、不動産ではそれもかないません。ただし、動産であればそれも解決策となります。遺産でなかったものが国境をまたぐことで遺産に変化する、という奇妙な話ですが、それ以上に奇妙なのは法制度の方でしょう。財産がどこの国にあるかによって相続人が違う、というのは誰が考えてもおかしな状況です。
相続債務まで視野に入れると、話は深刻になって来ます。Aさんに借り入れがある場合、Bさんは法定相続人として債務の支払義務を負います。債権者はBさんを被告としてドイツの裁判所に貸金請求訴訟を提起し、判決を受けてドイツ国内のAさんの遺産に強制執行をすることもできます。その(確定)判決は日本でも効力を持つのでしょうか? 日本の民事訴訟法 118 条では日本の公序良俗に反する場合は無効とされていますが、日本の民法とは相続人の決め方が違うというだけの理由で「公序良俗違反」とは言えないと思います。そうなると、債権者は日本の裁判所から執行判決(民事執行法 24 条)を得て、Bさんの日本国内の財産にも強制執行をすることができる、ということになってしまいます。Bさんは日本の民法では相続人ではないのに、ドイツの民法では相続人であるがために、こうした不利益が我が身に降りかかる可能性がある、ということになります。
脚注
-
ドイツにおける「遺産の分断」をめぐる議論の状況を紹介した論文として。林貴美『相続準拠法の並立的適用』(同志社法学(1991 年)55 巻 7 号 233〜275 頁) ↩