ドイツ相続法情報室

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相続実務編

相続証明書


相続証明書とは

日本では、戸籍によって相続関係を証明しますが、ドイツには戸籍制度はありません。ドイツで相続関係を証明する手段として用いられているのは、裁判所が発行する相続証明書(Erbschein)です。

相続証明書は、裁判所が相続関係を証明するために発行する証書です。被相続人と指定・法定相続人の氏名、各人の相続割合が記載されます。後継相続人と遺言執行者があればそれも記載されます。後継相続人や遺言執行者の任命は遺産の処分権を制約するからです。

相続証明書の発行を申し立てる際には、相続に関する事項を網羅的に記述し、記述を裏付ける書類を提出しなければなりません(352FamFG)。

  • 被相続人に関する事項:死亡日、国籍、最後の住所地
  • 相続人との間の親族関係
  • 遺言書の有無・内容
  • 相続権をめぐる法的紛争の有無
  • 申立人による相続の承認、相続割合
  • 申立人についての相続人の指定がある場合はその遺言
  • その他の遺言の有無
    これらの書類を取り揃えるのはかなり大変な作業となります。

相続に関して争いがあり、それが相続証明書の記載内容にかかわる場合、遺産裁判所は争いについて判断することになります。必要があれば裁判所が自ら調査をおこないます。典型的には以下のような争いがかかわります。

  • 本人が書いた自筆遺言か?
  • 遺言者に遺言能力があったか?
  • 遺言の取り消しは有効か?
  • 遺言は撤回されたのか?
  • 遺言をどう解釈するか?

遺産裁判所が申立内容の正確性を確信した場合、裁判所は「相続証明書の交付に必要な事実が確認されたと認められる」という決定をおこない、証明書を交付します(352e 条 FamFG)。この決定で相続証明書は即時に効力を生じます。ただし、決定が手続参加者の誰かの意思に反する場合、裁判所はすぐに(即時に)効力を発生させずに、決定の確定後まで証明書の交付をおこないません(352e 条 2 項)。裁判所の決定に対しては異議の申し立てをおこなうことができ(1 カ月以内)、上級地方裁判所(OLG)が異議について審理します。上級地方裁判所の決定に対して不服がある場合、上級地方裁判所が許可した場合に限って連邦裁判所(BGH)に対する上告の申し立てが許されます。

相続証明書の例
相続証明書の実例1

1966 年××に生まれ、2013 年××に死亡した××さんの相続人は

  1. 被相続人の妻×× ‐ 1/2 の割合

  2. 被相続人の子×× ‐ 1/2 の割合

2014 年 2 月 5 日 ブランデンブルグ州・ハーベル
司法補助官 Nagel

以上が相続証明書の発行手続です。証明書に有効期間はありあません。ただし、EU 全域で通用する相続証明書(ENZ)の有効期間は 6 カ月間です(延長可)。なお、外国法が適用される相続について発行される相続証明書も存在します。

相続証明書が必要になるケース

相続証明書は遺産を処分する際に、相続人として処分の権限を持っていることを証明するために用いられます。ただし、必ず相続証明書が必要になるわけではありません。

  • 土地の相続登記

相続開始後、相続人は土地登記(ドイツでは土地と建物が一体として登記されます)に相続についての登記を行わなければならないとされています。共同相続の場合は、1人の共同相続人だけで登記の申請ができます。相続開始後 2 年間は手数料を支払うことなく相続登記ができるため、その間に相続登記をおこなうのが通常です。

この相続登記では、通常、公正証書遺言さえあれば相続証明書がなくても行えます。ただし、登記官(区裁判所)が「遺言がその後に撤回されていた具体的な疑いがある」などと判断した場合は相続証明書の提示を要求することができます。相続人が相続した土地を売却する場合も、公正証書遺言があれば通常は足ります。自筆証書遺言しかない場合、遺言がなく法定相続になる場合は、相続証明書の発行を受けて相続人であることを証明する必要があります。

  • 銀行預金などの相続手続

銀行などの預金についても、公正証書遺言があればそれに基づいて相続の手続きを行うことが出来ます。従前、銀行は自筆証書遺言に基づく相続手続を受け入れてきませんでしたが、2016 年の連邦最高裁判所の判決2以降、自筆証書遺言もある程度受け入れるようになったようです。この判決では、たとえ自筆遺言であっても、検認がおこなわれ、記述が明確で、かつ、偽造されたとの疑いを抱く余地がない場合は、相続関係の証明として受け入れなければならない、としました。

相続証明書の信用力

相続証明書の記載は正確であることが法律上推定されます(2365 条)。このため、相続人であるか否かが訴訟で争いになった場合、相続証明書に記載された相続人が真の相続人でないことが立証されない限り、その者が相続人として扱われます。

ただし、法律上の推定が及ぶ範囲は、相続人と相続割合についての記述と後継相続人・遺言執行者についての記載の有無に限定されています。被相続人がその物(遺産)の所有者であったこと、後継相続人と遺言執行者以外の処分権限の制約がないことなどについては、相続証明書は何も推定させません。つまり、信用力が及びません。

相続証明書に「相続人」として記載された者が真の相続人であると誤信して、その者との間で契約を結んだ人(例えば、その者から遺産を購入した人)は、真の相続人から購入した場合と同様に扱われます(2366 条)。つまり、相続証明書には公信力が認められています。財産的な給付をおこなった人(例えば相続証明書に記載された「相続人」から催促されて債務を弁済した人)も同様に保護されます(2367 条)。ただし、「相続人」との間で取引をおこなった者が、証明書の記載が誤っていること又は遺産裁判所が相続証明書の回収を命じたことを知っていた場合は、こうした保護を受けられません。

相続証明書は取引された物が被相続人の所有物であった(遺産に属していた)ことまで証明するものではありません。ですので、遺産として取引された物が遺産ではなかった場合、相続証明書を信用したことだけで購入者が保護されるわけではありません。つまり、民法の善意取得の要件を同時に満たさなければ、購入者がその者の所有権を取得することはできません。

相続証明書と訴訟

相続関係について争いがある事案では、相続証明書の発行手続のなかで裁判官が判断をおこないます。その意味で、証明書の発行手続は紛争解決の役割も果たしています。ただし、通常の訴訟手続とは違って、相続証明書の発行後に遺産裁判所が証明を撤回することも予定されており、通常の訴訟のような既判力はありません。例えば、証明書の発行後に遺言が取り消された場合、発行した相続証明書の内容が事実に反することになるので、遺産裁判所は発行済みの証明書を回収します(2361 条)。事実に反することが疑われるということも撤回の理由となります。交付した証明書をすぐに回収できない場合は、裁判所が相続証明書の無効を宣告します(353 条 FamFG)。

このように、相続証明書の発行は通常の訴訟のように争いに終止符を打つものではないため、相続による権利関係をめぐる通常の民事訴訟も提起されます。例えば、「自分が相続人である」と主張する者が相続人であることの地位の確認を求める訴訟です。相続人と称する者に対して、遺産の引き渡しを求める訴訟が提起されることもあります。こうした訴訟と相続証明書の発行手続は互いに独立のものとされていますが、訴訟が提起された場合、遺産裁判所は相続証明書の発行手続を休止させることができます。また、相続関係を確認する判決が確定した場合、その判決は遺産裁判所も拘束します。

渉外相続案件のための相続証明書

ドイツの遺産裁判所は、外国の相続法が準拠法となるケース(例えば日本の相続法が適用されるケース)であっても相続人証明書の発行を行います。ただし、ドイツ国内にも遺産がある場合に限られます。発行されるのは、「外国法相続証明書」(Fremdrechtserbschein)と呼ばれる特殊な相続証明書です(FamFG 352c 条)。証明書の適用範囲はドイツ国内に限定されており、証明書にもそう明記されています。

脚注

  1. Wikimedia Commonsより

  2. BGH Urt. vom 5.4.2016.