遺言
相続契約
被相続人は、相続契約(Erbvertrag)という方法でも、相続人(と相続割合)の指定、遺贈などについて定めることができます(2278 条)。相続人に負担を課すこともできます。
「相続契約」は日本人には聞きなれない言葉ですが、被相続人が生前に交わす相続に関する契約を指しています。遺言と契約という2つの要素を併せ持ったもの、と考えればわかりやすいと思います。夫婦の間で相続に関して互いに約束しあうことが典型ですが、誰との間でも相続契約を結べます。この点が共同遺言とは異なります。相続契約は必ず公正証書によらなければならない(2276 条 1 項)点でも共同遺言とは違っています。ただし、作成された契約書が裁判所で保管される点は遺言と同じです。
相続契約では相続人の指定や遺贈などを定めます。契約の相手方だけでなく、第三者を相続人に指定する、第三者に遺贈することも可能です。
相続契約でおこなった約束には、被相続人自身も拘束されます。この点が(共同)遺言との大きな違いです。相続契約で決めた内容と矛盾する遺言をおこなっても、その遺言は無効となります(2289 条 1 項)。ただし、公正証書によって契約が合意解除された場合、受益者に重大な非行があった場合など(2294 条)は契約の拘束力が消滅する、とされています。
錯誤による相続契約の取り消しも認められます(2078 条)。相続契約は(遺言とは違って)被相続人自身が取り消すことも可能です。動機の錯誤による取り消し、つまり、期待が裏切られた、という理由での取り消しも可能とされているため、この点では契約の拘束力がかなり弱められています。ただし、取り消しは公正証書による必要があります。取り消し事由が存在する場合、相続の開始後に第三者が取り消すことも可能です。その点は遺言と同様です。
相続契約をした後に翻意した被相続人が、例えば主要な財産を第三者に贈与してしまった場合はどうなるでしょうか。相続契約での約束が被相続人による生前処分によって実質的に反故にされてしまう、という問題ですが、こうした生前処分はたとえ相続契約に反していても有効とされています(2286 条)。つまり、相続契約の拘束力はこの点でも限定されています。
ただし、被相続人が害意をもって贈与をおこなった場合には、相続の開始後に返還を請求することができる、とされています(2287 条)。被相続人が遺贈の対象物を害意をもって売却した場合も、相続契約でその財産の遺贈を受けることになっていた受贈者は相続開始後に相続人に対して価格分の賠償を請求できます(2288 条)。このように、被相続人が悪意をもって行った契約違反行為に対しては一定の保護が与えられています。
相続契約の輪郭をお分かりいただけたでしょうか。遺言より強い拘束力がある一方で、通常の取引契約に比べると拘束力は弱められています。相続契約は遺言と契約の中間にある、とイメージしていただければわかりやすいと思います。