ドイツ相続法情報室

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遺言執行者


遺言執行者の役割は日本と違う

遺言執行者(Testamentsvollstrecker)の任務は遺言の内容を実行する(執行する)ことです(2203 条)。日本にも同じ制度がありますが、ドイツの遺言執行者に期待されている役割は日本よりはるかに重要です。ドイツでは「遺言執行者」という言葉にとても重い響きがあります。

遺言執行者という機関(Amt)を設けるか否かを決められるのは遺言者だけです(2197 条 1 項)。遺言書に遺言執行者を置くことが書かれていなければ相続開始後に遺言執行者が任命されることはありません。

この遺言執行者を置くか否かということと、誰が遺言執行者になるのかということ(Ernennung)は区別されています。執行者の人選のルールは比較的緩やかです。遺言者が自分で遺言執行者を任命するのが普通ですが、第三者(例えば指定相続人や遺産裁判所)に人選を委ねることも可能です。遺言者が遺言執行者に対して、後任の遺言執行者を自分で選ぶ権限を与えることもできます。遺言執行者は自然人である必要はなく、法人も遺言執行者になれます。

任命された者は相続開始後、遺言執行者に就任するか否かの意思表示を遺産裁判所におこないます(2202 条1項)。就職を承諾しない場合は、遺産裁判所が代わりの遺言執行者を選びます。

遺言執行者の存在は相続証明書に明示され、土地登記にも記載されます。遺言執行者は、就任後遅滞なく遺産目録を作成し、相続人に知らせなければなりません(2215 条 1 項)。

遺言執行者に何を委ねるのかは、遺言者が遺言で定めますが、典型的には以下の2つのタイプがあります。

清算型の遺言執行(Abwicklungsvollstreckung)は、遺言執行者が遺産の管理、相続債務の支払い、遺贈の執行、遺産の売却などをおこなって、遺産を整理するというものです。遺言執行者には、遺産を管理する権限だけでなく、個々の遺産を処分する権限(2205 条)、訴訟を追行する権限が与えられています。

こうした清算型の遺言執行の対極に位置するのは持続型の遺言執行(Dauervollstreckung)です。遺言者は、遺言執行者に遺産の管理を委ねることができます(2209 条)。遺言者は、遺言執行者が遺産を処分する権限を制限すること、失わせることができます(2208 条 1 項)。この場合は、遺言執行者は遺産を処分することができず、管理に専念することになります。一部の遺産についてだけ、権限を制約することも可能です。例えば、遺産の一部(たとえば自宅)の管理を委ねるが、残りの遺産は分割して共同相続人の財産とする、といった定めです。

このほか、相続人が遺言に従っているか否かを監督することを委ねる遺言執行、遺贈の執行を委ねる遺言執行、後継相続人の保護を意図した遺言執行など、さまざまなタイプの遺言執行があります。

遺言執行者は「遺産を秩序正しく管理する」ことを義務付けられており(2216 条 1 項)、何より遺言者の意思(命令)に忠実でなければなりません。遺言執行者が相続財産を無償で譲渡することは(倫理上求められる場合を除き)禁じられています(2205 条)。遺言執行者が遺言者の意思(命令)を無視することができるのは「遺産を著しく危険にさらす」場合に限られます。ただし、遺言執行者は遺産裁判所に申し立てる必要があり、裁判所に遺言者の命令を失効させることを決めてもらわなければなりません(2216 条 2 項)。

遺言執行者が遺産を分割する

遺言執行者の就任によって、相続人は遺産を管理し処分する権限を失います(2211 条)。つまり、遺言執行者の任命は、相続人から遺産を管理・処分する権限を奪います。遺言執行者が任命されているにもかかわらず、相続人がおこなった処分は無効となります。重大な過失なく遺言執行者の就任を知らずに相続人から遺産を購入した者は保護されますが、相続証明書にも土地登記にも遺言執行者の就任が明示されるため、善意取得制度で保護されるケースはかなり限定されます。

複数の相続人がいる場合、遺産の分割をしなければなりませんが、被相続人は遺言において遺産分割についても遺言執行者に委ねることができます。この場合は遺言執行者が遺産の分割方法を「分割計画」(Auseinandersetzungsplan)にまとめます(2204 条 1 項)。分割計画を作成する際には相続人の意見を必ず聞かなければならないとされていますが、相続人の同意を得る必要はありません。ただし、遺言執行者は遺言における定めと民法の規定に従う必要があります。

持続型の遺言執行は 30 年以上続けられる

被相続人が「自分の財産はいまのまま維持しなければならない」と定めて、懇意にしている人を遺言執行者に任命したとします。持続型の遺言執行ですが、この遺言執行はいつまで続けられるのでしょうか。

先ほど説明したように、遺言執行者が任命されると相続人といえども相続財産を管理・処分するはできなくなります。遺産の分割を請求する権利も失います。例外的に、「任務の遂行上明らかに必要がない」遺産については、遺産から除外して相続人に引き渡すことができます(2217 条 1 項)が、そうでない限り遺言執行者による遺産の管理が続きます。遺言者は、遺言執行者の処分権限をなくすこともできます。

つまり、遺言執行という制度を使えば、遺産を現状のままずっと維持することが可能になります。反面で、相続人の側は遺産を相続しても「自分の財産」というにはほど遠い状況に置かれます。たとえ相続人の全員が同意しても、遺言執行者を解任することはできません。遺言執行者を解任できるのは遺産裁判所だけで、それも「重大な義務違反または秩序正しい業務執行の不能」が認められる場合に限られています(2227 条)。相続人は遺言執行という制約から逃れる術はないのです。

ドイツの民法は持続型の遺産執行について「相続開始後 30 年間」という期間の制限を定めています(2210 条 1 項 1 文)。つまり、遺産管理型の遺言執行は最長でも 30 年間に制限されています。日本人の感覚からすると、「30 年間」と期間に驚かされますが、ドイツの民法はその期間をさらに延長することを許しています。「遺言者は遺言執行者が死亡するまで」という期間を設けることができる、という例外規定を設けているのです(2210 条 1 項 2 文)。こうした定め方をすれば「30 年」という制約には伏しません。先ほど、「遺言執行者に対して後継の遺言執行者を任命する権限を与えることができる」と説明しましたが、遺言で後継の遺言執行者の任命について書いておきます。そうすれば(相続開始後 30 年が経過する前に任命された)後継の遺言執行者が死亡するときまで遺言の執行を続けることができます(判例)。実際にいつまで続くのかは誰にもわかりませんが、うまく行けば 40 年、50 年先まで遺言の執行、つまり相続開始時の遺産の状態を維持することができます。

遺言執行という制度がいかに強力なものであるか、お分かりいただけたと思います。被相続人は遺産を 30 年、あるいはもっと長い期間、自分が望む状態のまま維持することができるのです。これは、相続人にとっては非常に重大な制約になります。このため、遺言執行者が任命されたことを理由に相続人が相続を放棄することも珍しくありません。相続を放棄しても遺言執行者が任命されている場合は遺留分の請求権は失いません。自分は何の手出しもできない財産の所有者でいるより、遺留分を請求して法定相続分の半分をお金でもらったほうが得策、と考える相続人が出てくるのは当然かもしれません。

[コラム] ドイツでは年間 50 万件の遺言が作成されている

連邦公証人協会が運営している遺言記録センターの2023 年報告書によれば、2023 年の 1 年間に新たに登録された遺言書の数は 44 万 8600 件でした。その 87%が公正証書遺言、12%が自筆遺言です。同年のドイツ国内の死亡者数は 104 万人だったので、先ほどの遺言書の登録数はその半分弱にあたります。死亡者の情報は各地の住民局から遺言記録センターに伝えられますが、2023 年の死亡者の 61.4%に遺言の保管記録があったとのことです。

遺言記録センターに記録されている遺言数は 2023 年末現在、2360 万件です。これはドイツの人口(8480 万人)のほぼ半分に相当します。ドイツでは遺言を作成することが市民の間にかなり浸透していると言えるでしょう。

ちなみに、公正証書遺言の作成費用は、遺産総額が 10 万€(1€180 円の計算で約 1,800 万円)の場合、273€(約 49,000 円)です。これに遺言記録センターの登録料など、若干の追加費用がかかります。遺産の総額が高くなるほど作成費用も高くなるのは日本と同じです。弁護士に相談した場合はこれとは別に相談料がかかります。つまり、公正証書遺言の作成には一一定の費用がかかります。ですが、公正証書遺言があればそれで土地登記や銀行預金の相続手続をおこなうことができるため、遺産裁判所に相続証明書の発行を依頼するための費用を省くことができるため、トータルで考えれば費用の節約になることも多いようです。そのうえ相続のために要する手間暇と時間の節約にもつながります。公正証書遺言を作成する人が多い背景にはこうした事情も存在します。